事業用賠償保険の中には、雇用主が賠償責任を負った際に使える保険・補償・特約があります。
昨今よく耳にする「~ハラスメント」や情報漏洩など、様々なリスクごとに使えるものが違うので、今一度、予期せぬ賠償リスクに備える準備をしましょう。
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雇用主が対象となる賠償リスクとは?
事業用賠償保険は、会社の事業が原因で起きた出来事をすべてカバーしてくれると考えている人もいるかもしれません。
しかし実際は、そのリスクの種類ごとに補償や特約が分けられ、中には特定のリスクのみを補償する単独の保険になっているケースもあります。
リスクごとに使える保険・補償・特約をご紹介します。
本業の仕事に伴うリスク
これは、事業用賠償責任保険のメイン補償にあたる、事業を通して顧客や関係者に損害を与えてしまった際に賠償を負うリスクです。
例えば、
- 飲食店:食中毒発生により顧客が被害を受けた
- 製造業:製品の不具合(欠陥)により事故が発生し、第三者に損害が生じた
といったように、仕事を通して第三者に損害を与えてしまったケースです。
雇用主ではなく会社全体が賠償責任を負うのでは?と思うかもしれませんが、会社と雇用主(役員・代表者)個人それぞれが訴えられるケースもあります。
一般的には、事故や損害についての賠償責任は会社に問われるケースがほとんどです。
しかし、代表取締役や取締役など、現場の監督や指示を行う立場にある個人に対しても、場合によっては責任が追及されることがあります。たとえば、本人の過失により事故が発生した場合や、必要な注意義務を怠ったとされる場合などです。
このようなケースでは「共同不法行為」としての責任や、「取締役の善管注意義務違反」(会社法第429条)に基づいて、取締役個人が損害賠償を求められることがあります。
判例:知的財産裁判例 令和1(ワ)5444 損害賠償請求事件 特許権 民事訴訟|裁判所 裁判例検索
会社と雇用主、どちらを対象にした賠償責任でも、その事業内容に応じて
- 生産物賠償責任
- 受託物賠償責任
- 施設賠償責任
などの保険や補償が使えます。
また、“総合”賠償責任保険など、事業におけるありとあらゆる賠償責任を補償してくれる包括的な事業用賠償責任保険であれば、業務遂行に伴い生じた賠償リスクを幅広くカバーできます。
情報漏洩に伴うリスク
これは通信販売や会員登録の仕組みがある事業など、顧客の個人情報を保持・管理する事業に伴うリスクです。
『本業の仕事に伴うリスク』と同じように、会社が訴えられることが多いですが、雇用主に何らかの過失があった場合は責任を問われます。
こちらは商品やサービスが原因ではなく、業務上のミスやトラブルによって起きた情報漏洩が原因なので、サイバーリスク・情報漏えい保険(補償)が使えます。
会社や株主に対して負うリスク
雇用主、つまり社長・代表取締役といった立場の人の判断や行動によって会社に損害を与えた場合、株主から責任を問われるケースがあります。
これを『株主代表訴訟』といいます。
このケースに対応できる保険・補償は、役員賠償責任保険(D&O保険)というものです。
加入するのは会社単位ですが、被保険者は「個人としての役員」。すなわち、取締役個人の財産を守る保険でもあります。
労務管理に伴うリスク
これはいわゆるパワハラやセクハラ、モラハラなど業務上のハラスメント行為、雇用差別など、雇用主の言動や監督責任に問題があったことを理由に訴えを起こされるリスクです。
一般社団法人 日本損害保険協会が公開している『経営者・役員のリスク』には、次のような事例が紹介されています。
【CASE.01】従業員が長時間労働を原因として死亡し、従業員の両親が第三者訴訟を提起した。
従業員が、恒常的な長時間労働を原因として、急性心不全により死亡した。
取締役には長時間労働が生じないよう配慮する安全配慮義務があったにもかかわらず、これを怠ったと主張して、死亡した従業員の両親が第三者訴訟を提起した。
裁判所は、会社全体の管理体制について、取締役の責任を認め、約8,000万円の支払いを命じた。
【CASE.02】職場のいじめが原因で退職した社員から、会社の代表取締役に対して損害賠償請求がなされた。
職員同士のいじめが原因で退職した女性職員から、健全な職場環境を構築維持する義務を怠ったとして、代表取締役に対する損害賠償請求訴訟が提起された。
慰謝料として約300万円、争訟のための弁護士費用として約100万円、計400万円を支払った。
出典:経営者・役員のリスク|一般社団法人 日本損害保険協会
会社に対して安全配慮義務違反や労務管理責任を問われるケースもありますが、ハラスメント等の問題行為を行った個人に対して責任を追及されることもあります。
業務を命じるという立場上、「どこからがハラスメントに当たるのか」という境界線を見失ってしまうことは、往々にしてあるといえるでしょう。
こういった賠償リスクには、雇用慣行賠償責任保険・補償が使えます。
この保険を使うような事態を起こさない、起こさせないことが一番ですが、人間の感情というものは複雑です。
違法行為のないようしっかり気を付けている人でも、もしもの備えという意味で検討することをおすすめします。
なぜ雇用主を取り巻く賠償リスクが増えているのか
実は、雇用主がさらされる賠償トラブルのリスクは年々急増しています。
一つは、「~ハラスメント」という、立場が上の人間から下の人間に行われるハラスメント行為が広く認知されたことが関係しています。
ニュース番組、ワイドショーなどではこの「~ハラスメント」の細分化についての特集がよく放送されていますので、多くの人が関心を持っているといえるでしょう。
| 大分類 | 主なハラスメントの種類 | 概要・例 |
|---|---|---|
| 性別によるもの | セクシュアルハラスメント(セクハラ) マタニティハラスメント(マタハラ) パタニティハラスメント(パタハラ) |
性別や妊娠・出産・育児休業取得などを理由とした嫌がらせや不利益扱い |
| 立場・上下関係によるもの | パワーハラスメント(パワハラ) アカデミックハラスメント(アカハラ) |
上司や教員など、優位な立場を背景にした暴言や権利侵害、過度な指導など |
| 言動や態度によるもの | モラルハラスメント(モラハラ) スモークハラスメント(スモハラ) カスタマーハラスメント(カスハラ) |
人格否定や陰湿な嫌がらせ、喫煙・禁煙をめぐる嫌がらせ、顧客からの過剰な要求など |
こういった土台があるうえで、雇用主を対象にした賠償リスクが急増する動きがありました。
退職代行業者の変化
時代に合わせて生まれた新しいサービスの中に、退職代行というものがあります。
これは依頼者が会社を退職したいけど、直接自分でその意志を伝えることが難しい場合に、代わりに連絡をしてあげるというサービスです。
引き止められずにあっさり退職することができるということで、その存在は広く認知されるようになりました。
ただ、退職代行サービスが流行りだしたあたりで、大きな変化をもたらす動きがありました。
非弁護士取締委員会 「退職代行サービスと弁護士法違反」
東京弁護士会・非弁護士取締委員会では、弁護士や弁護士法人(以下「弁護士等」といいます)ではない者による弁護士法に違反する行為(以下「非弁行為」といいます)について、調査・取締りを行っています。
出典:東京弁護士会
退職の意思を伝えるだけならば問題ありませんが、離職票の請求、未払い賃金の交渉といった手続きの代行や“交渉”の代行は、弁護士資格が必要です。
弁護士資格を持たない人がこれを行うことは非弁行為にあたるという主張が発表されたことで、弁護士資格がない退職代行業者はただ退職の意思を伝えるだけになり、手続きの代行や交渉は弁護士に依頼するという流れが生まれました。
弁護士が退職代行をすると…
弁護士が退職代行を請け負う際に、「なぜ退職代行を利用しようと思ったのか」といったヒアリングがあるケースが多いです。
自分から退職を申し出ることができないという状況は、多かれ少なかれ「~ハラスメント」や賃金未払い等の問題が起きていた割合が高めです。
依頼者が『実際にそういった被害にあった』と言った場合、一部の弁護士は退職と同時に訴えを起こすことを提案し、その結果、雇用主が訴えられるケースが年々増加しているのです。
(念のため)被害にあった方が訴えを起こすことは当然のことであり、それを否定する意図はありません。
従業員から訴えられた時に慰謝料や賠償金などをカバーできる保険に入っておくことは大切ですが、そもそも訴えられないように気を付けることも大切です。
雇用条件などを今一度確認し、現在の勤務状況と相違がないか、また言動にハラスメントと捉えられる問題点がないかなど、改めて見直してみましょう。
とはいえ、人間は複雑な生き物なので、誤解があるケースも否定できません。
厚生労働省が運営する「明るい職場」というサイトでは、業務上のハラスメントに関するさまざまな立場からの対処法や予防法などが案内されていますので、ぜひご覧ください。
この記事の内容は、家禄堂『保険得々チャンネル』で動画解説しています!
メディアでは語れないもっと踏み込んだ内容についても触れているので、ぜひご覧ください。
まとめ
企業の経営や事業運営においては、本業を通して生じるリスクに加え、情報漏洩・ハラスメント・株主代表訴訟など多岐にわたる賠償トラブルに注意しなければなりません。
これらの賠償リスクは、近年のハラスメントの多様化や退職代行サービスの普及などの影響もあり、急増している傾向があります。
訴訟・賠償リスクが発生しない環境づくりを心掛けつつ、万が一訴えられた場合に備えて保険(事業用賠償責任保険・D&O保険・雇用慣行賠償責任保険など)に加入しておくことも大切です。




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