自動車保険や火災保険などの損害保険商品には、事故発生時に保険会社が契約者(被保険者)に代わって相手方と話し合いを行う「示談交渉サービス」が付帯しているものが多くあります。
しかし、示談交渉は本来弁護士のみが行える法律事務とされ、弁護士資格を持たない保険会社職員が実施することについては弁護士法第72条との関係で「非弁行為」ではないかという議論が絶えません。
それなのになぜ保険会社は示談交渉サービスを続けているのか、こうしたサービスが誕生した歴史的背景から、2025年現在における実務上の課題までを整理いたします。
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示談交渉サービス誕生の背景—1960年代の弁護士不足
高度経済成長期に入った昭和40年代、全国でモータリゼーション(自動車が普及、生活に溶け込み不可欠なものへなっていく様)が加速し、比例するように交通事故件数が急増しました。
しかし、当時は弁護士数が現在の約4分の1しかおらず、軽微な事故まで弁護士が関与すると解決まで大幅な時間を要するという懸念がありました。
NHK連続テレビ小説『虎に翼』で取り上げられていた時代がどんぴしゃです。
そこで損害保険会社は、支払い業務の延長として自ら示談交渉を引き受け、迅速な補償を図る体制を整えたのです。
弁護士法第72条と「非弁行為」の判断基準
弁護士法第72条は「報酬を得る目的で反復継続して他人の法律事務を取り扱うこと」を禁止しております。
保険会社は保険料という対価を受け取っており、また示談交渉を日常業務として行うため、形式上は第72条に引っかかり、非弁行為に該当するおそれがあるのです。
日本弁護士連合会(以下、日弁連)は1970年代当時、この行為を「限りなく黒に近いグレー」と表現しました。
弁護士法72条は、次のように定めています。
弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。
ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
出典:第二東京弁護士会 倒産法研究会
1973年「覚書」の成立と現在までの変遷
日弁連は弁護士不足という社会課題を考慮し、昭和48年(1973年)に損害保険各社との間で「覚書」を締結いたしました。
これは保険会社が示談交渉を行う条件を明確化し、実質的にサービスを容認したものです。
覚書で定められた五つの遵守事項
覚書は次の要件を満たすことを保険会社に求めています。
| 遵守事項 | 1973年覚書の要件 | 2025年時点の状況 |
|---|---|---|
| 基準の設定 | 裁判基準に準ずる任意基準 | 自由化後は各社独自の社内基準 |
| 中立機関 | 第三者紛争処理機関を設置 | 交通事故紛争処理センター等が機能 |
| 内払い制度 | 示談前の一部保険金支払い | 大手各社で継続 |
| 直接請求権 | 約款に明記 | 自動車保険では一般化 |
| 正規職員対応 | 常勤社員のみ交渉可 | 委託先管理に課題(金融庁監督指針も注意喚起) |
2000年代以降の保険自由化と覚書の形骸化
1998年から2002年にかけて保険料率規制が緩和され、損害保険料率算定会の参考純率をベースとしつつも、各社が自由に上乗せ・値引きできるようになりました。
その結果、覚書で前提とされた「任意基準」が実質的に消滅し、示談交渉における透明性が低下したと指摘されています。
さらに、コールセンターや業務委託先を活用するケースが増えたことで、「正規常勤職員が行う」というルールの実効性も問われています。
顧客は電話口の相手が保険の知識を持つ(又は教育・研修を受けた)常勤社員なのかがわかりませんし、示談交渉サービスを利用する際は事故のことで精いっぱい、そういったことを気にする余裕がありませんから、保険会社が『ちゃんと覚書を守ってます』と言えば大掛かりな調査をしなければ実態がわかりません。
金融庁の監督指針や、日本損害保険協会の「損害保険の保険金支払に関するガイドライン」でも、委託先管理や説明義務の充実が再三求められております。
自動車保険以外—賠償責任保険で浮上する新たなギャップ
損害保険会社は近年、人口減少による自動車保険市場の伸び悩みを背景に、個人用賠償責任保険・事業用賠償責任保険へ注力しています。
しかし、事業活動に起因する賠償事故(いわゆる「事業賠償」)では示談交渉サービスを提供しない保険商品が少なくありません。
そうなった理由は、
- 業種を問わず多くの事業を引き受けているため、事故の専門性が高く保険会社側のリソースが限られること
- 事業者向けの場合、保険会社側に直接請求権がない契約が多く交渉当事者になりにくいこと
などです。
事業用賠償責任保険は、高額な保険料を支払っていても自力で被害者と交渉しなければならないリスクを十分に認識する必要があります。
逆に個人用賠償責任保険は、自転車事故対応の賠償責任保険への加入を義務付ける自治体が増えていることから、示談交渉サービスやロードサービスがついたものなど、サービスの充実具合で競争が起きています。

賠償責任保険における示談交渉サービスの有無(例)
- 個人賠償責任特約:国内事故に限り示談交渉サービスあり
- 事業賠償責任保険:原則示談交渉サービスなし(助言・弁護士紹介のみ)
- 施設賠償保険:商品により差異が大きく、約款要確認
契約者・代理店が今すぐできるリスク管理
前述のとおり、示談交渉サービスは万能ではありません。
以下のポイントを押さえていただくことで、いざという時の法的リスクとコストを最小化できます。
チェックリスト:加入前後に確認すべき事項
- 保険証券または約款で「示談交渉サービス」の対象範囲と除外事由を確認する
- サービス対象外の場合は弁護士費用特約や顧問弁護士契約の活用を検討する
- 事業者は事故発生時の社内報告フローと初動対応マニュアルを整備する
- 代理店に事故対応を依頼する場合、非弁行為に該当しない範囲を明確にする
- 金融庁や業界団体が公表するガイドライン・約款改定を定期的に確認する
この記事の内容は、家禄堂『保険得々チャンネル』で動画解説しています!
メディアでは語れないもっと踏み込んだ内容についても触れているので、ぜひご覧ください。
ここからは、動画に寄せられた皆さんのご質問、ご感想をご紹介します。
皆さんの反応
この動画には以下のような声が寄せられています。内容を分かりやすくするために一部要約しています。
まとめ
「非弁行為」をめぐる課題は今もなお現在進行形です。
示談交渉サービスは、弁護士不足という社会的背景から生まれ、1973年の覚書によって事実上容認されました。
しかし保険自由化や業務委託の拡大により、当初設計された管理フレームは形骸化の傾向にあります。
特に賠償責任保険分野では示談交渉が付帯しないケースも多く、契約者・代理店は事故発生時に備えた法的・実務的な準備を怠らないことが重要です。
損害保険会社の示談交渉は「便利なサービス」である一方、弁護士法第72条との境界線の上に成り立つグレーな仕組みであることを忘れず、万一に備えて情報収集と契約内容の点検を行ってまいりましょう。











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